今日の一冊「点子ちゃんとアントン」
今日、ご紹介するのは児童書です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の一冊
お金持ちの両親の目を盗んで夜おそく街角でマッチ売りをするおちゃめな点子ちゃんと、貧しいアントン少年―つぎつぎと思いがけない展開で、ケストナーがすべての人たちをあたたかく描きながらユーモラスに人生を語る物語。
家に遊びに来ていた子たちが、しきりとわたしに向かって言います。
「3×4!」
「2×6!」
いまさら、掛け算の練習でもしているのだろうか?
もう高学年になろうと言うのに。
忙しくて反応しないでいると、娘が横から教えます。
「2×6!だよね!でしょ?」
「??何のこと?どうしたの?」
「だってあの子がやってたじゃない。お母さんがすすめた本のあの子が」
「女の子で、犬に色々やらせようとして…」
点子ちゃんとアントン、かー!!
「そうだよ、あれだよ」
女の子で犬に色々やらせようとする。
それでわかった自分をほめたい!
(最近、記憶力の低下が激しいです)
ケストナーの傑作です。
主人公の点子ちゃんは本当に変わった子です。
点子のお父さんが学校の勉強をためしてみようと、点子に聞きます。
「3×8は?」
「3×8?3×8イコール120÷5」と、点子はいいました。
これは、相当に頭のいい子じゃないと出来ない計算のような気がします。
九九が出来るか試しているのに、それに対して割り算で返事をするのです。
点子ちゃんは富裕層、アントンは貧困層ですが、二人はなかよしです。
二人とも家庭が完全ではありません。それぞれに問題を抱えています。
点子ちゃんのお母さんはいっさい子供をかまわない人で遊びまわっているか寝ているかばかりです。お父さんは理解はありますが、忙しくてかまってやる暇がありません。
点子ちゃんのめんどうを見ているのは、主に家庭教師のアンダハト嬢です。
家庭教師は、面倒を見ている風を装って、小金を稼ぐために点子ちゃんを夜の路上に連れ出してマッチ売りの子役をやらせます。
アントンは母子家庭ですが、お母さんは体が弱いです。
なのでアントンは夜の路上で物売りをしています。
点子ちゃんは富裕層でありながらもネグレクト気味であり、アントンは貧乏で児童労働しないと家計を維持していけません。
というわけで知り合った二人なのですが、この「路上でものを売る」
点子ちゃんはすごいです。
この子には、間違いなく営業の才能か、俳優の才能か、何かわかりませんが才能があります。
どちらになっても、大成しそうです!
やらされてる感など微塵もありません。
哀れっぽく体をくねらせ、「マッチを!どうかマッチを買って下さい!」
迫真の演技です。
この話、とても面白いんだよ~と言っても、すすめた方の気分が乗りきらなかったとき、最初から読み聞かせするよりも、ピンポイントですごく面白かったところだけをピックアップして見せたのでした。
点子ちゃんが、いぬのピーフケに「赤ずきんちゃんとおおかみ」の相手役をやらせようとする所です。
点子はかごをおいて、寝台のすぐそばに歩みより、芝居の後見役のように、小さいピーフケにささやきました。「そこで、こんどはあたしをたべてしまうんだよ」
ピーフケは、(略)ごろりと横になったまま、いわれことなんかしませんでした
「あたしを食べなさい」と点子は命令しました。「どう?あたしをすぐたべるかい?」それから、足をふみならして、どなりました。「ほんとに、しようのないやつね。おまえは耳でも遠いの?あたしをたべるんだっていったら」
点子ちゃんはほんとうに面白い子供です。
自分のブログなので忌憚ない意見を書きますと、ケストナーは割と、主人公の男の子がすごくいい子ちゃんです。
真面目でお母さん思いで、なにごとにも一生懸命です。
その若干、いい子ちゃんすぎるほどいい子である男の子の補完をするように、真逆を行くように、女子が飛び抜けてキテレツです!
エーミールのいとこのポニー・ヒュートヘンもそうですが、とにかく行動が愉快でとても面白いです。
点子ちゃんは主人公であり、かつトンデモなので、そのキテレツ行動を追っているだけでもとても面白いです。
空想の力がゆたかで、次から次にゆかいなことを思いつきます。
そんな点子のああだこうだの大騒ぎのトラブルを、友達のアントンや料理人ベルタの機転や努力で助けられるわけですが…。
最後の最後にお父さんが点子ちゃんのベッドの横に座って、静かに話し合い、諭すシーンがとても印象的です。
点子ちゃんは家庭教師の悪行を手伝い、すすんでやって遊んでいたわけでしたから。
別にいたずらをしようとか、親を困らせようと思ったわけではなく、単純に面白かったからです。
(まあそれに、そこでアントンと友達になることもできたわけです)
点子ちゃんは言います。
「おとうさんはお金をもうけなきゃならないので、ひまがないってことはわかってるわ。でも、おかあさんはお金をもうける必要もないのに、あたしをかまってくれるひまがないのよ。どちらもあたしをかまってくれるひまがないんですもの」
忙しいからと子どもを預けている場所と人が、完璧なものである保証はどこにもありません。
子供の性質との相性もあり(親だって子供と相性があるでしょう…)、しかし子どもはその置かれた場所で思いきり頭を働かせ、さまざまなことをして遊びながら成長してゆきます。
偏頭痛で子どもをかまうつもりがない、常にパーティ三昧のお母さん、点子をほったらかしのお母さんはもう、弁解の余地は何ひとつありませんが、わたしはこのお母さんの「偏頭痛」という所だけはものすごく共感しましたので、あまり責める気もちになれませんでした。
というより、お話にならない人が構ってくるとかえってめんどくさい上に自由気ままな遊びの時間も拘束されてしまうので、このお母さんは偏頭痛で寝ていてよい、とさえ思いました。
なんだかそんな風に思わせてしまうケストナーが不思議です。
ユーモアにあふれ、人間愛にあふれた描写です。
このお母さんはこうなのだから仕方ないかな、と思い、
母親なんだから○○すべきなのに!!!
という気持ちにはなりませんでした。
多分点子ちゃんが、まったくひねくれる気配がないからでしょう。
大人の目がないのをいいことに、普通なら出ることが出来ない夜の町や遊び場にさえ出て行って
お父さんに最後に
「だが、大いにおもしろうござんしたね」
という台詞の小気味いいこと!
頭から終わりまで、紹介しきれないほど「面白い」がつまった作品です。
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