大人が読む児童書「第九軍団のワシ」2 この作者、ただ者じゃない。
大人が読む児童書。
「積ん読・解消計画★児童書編」です。
この記事はネタバレもしていくことになりますので、未読の方はご注意ください。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の一冊
ローマ軍団の百人隊長マーカスは、ブリトン人との戦いで足を負傷し、軍人生命を絶たれる。マーカスは親友エスカとともに、行方不明になった父の軍団とその象徴である“ワシ”を求めて、危険に満ちた北の辺境へ旅に出る。(「BOOK」データベースより)
序盤に時間をかけすぎるのもと思うのですが、序盤はとても大事なので大事に読み進めます。
ゆくてには空ばかりがみえる平らな湿地帯のなわて(湿地帯の中に土を盛り上げてつくった道)となり...
(略)兵士たちのまきあげる砂ぼこりが、うしろに従う駄獣隊をつつんでいた。
なわて。
駄獣隊(だじゅうたい)。
注釈もついてるし、意味もわかります。
でもはじめて見ることばばかりです。
ファンタジーを書くかたには、ものすごく勉強になるのではないかと思います。
さて部下たちは、「上ゴール地方から召集されてきた黄色い髪の巨人たち」で、主人公の司令官は生粋のローマ人なのですが、この部下たちの描写にこちらは不安を抱きました。
先に「ともしびをかかげて」を読んでいましたので...。
主人公の百人体調の名前はマーカス・フラビウス・アクイラ。
まだローマ最盛期の頃。
フラヴィアとアクイラの兄妹の描写などからして、どう考えても祖先です。
(このあたりの姻戚関係はちょっとまだ確認できませんでした)
その当時のローマは、女性の名前はフラビウス家ならフラヴィアになると、どこかで読んだことがあります。
ネットのにわか知識です。
上ゴール地方、ゴールとはおそらくガリアのことです。
ざっくり言ってフランスの上の方あたりでしょう。
でもここではあまり関係なさそうなので先を読み進めます。
主人公は、イタリア、トスカナ地方あたりにあった古代エトルリアの出身です。ローマ人だ。
浅黒い肌、オリーブ色の肌、南方系の特徴があります。
父が亡くなった第九ヒスパナ軍団の喪失。
これは重要です。
なぜなら、文庫裏描写の説明文にもそう書いてます。
マーカスは軍人気質、育てられている叔父は財産を鼻にかけているふとった官吏。
制服組と背広組?高級官僚と自衛隊員?
わかりあえない感じなのがわかります。
貧乏はしても誇りだけは高くもっている、という家柄
武士は食わねど高楊枝、でしょうか。
このおじとの確執はこんな感じです。
ふたりとも互いのものの考え方に、髪の毛一筋ほどの理解も示そうとはしなかったから、マーカスが十八歳になり、百人隊長の地位を得ることができる年になった時には、双方ともそれをありがたく思ったのだった。
なんてシンプルにわかりやすい説明でしょうか。
ちょっと感動しました。
くだくだしい会話を入れることもなく、おじがどんなに嫌な人間であるか、という説明描写を入れることもなく、たったこの一行で完璧に二人の確執と過去の背景を描ききっています。
これまで様々な本を読んできましたけど、ここでちょっと襟を正す思いがします。
この作者、只者じゃない。
という気持ちがします。
敷居が高いのはその通りですが、決して難解ではありません。
「ともしびをかかげて」も、途中で面白く手ページをめくる手がやめられないほどでした。
ここでまだこれは450ページ中14ページなので、先にすすみます。
そしてマーカスは、イスカ・ダルオなんとか(おいっ)のブリテン島の兵役についたわけです。
ここで先住民、ブリトン人のの反乱が起き、マーカスは戦いの中で傷をおいます。
この序盤、とても丁寧です。
・狩人クラドックとの交流
・将来への漠然とした夢
・近くに、もうひとり父親の弟であるおじさんが住んでいること
・ローマの軍団の生活
などなどが語られますが、印象的だったのはドルイド僧に対する言及でした。
前任者から、ドルイド僧に対する忠告が語られます。
(あちこちさまよい歩いているドルイド僧が)もしこのあたりにひとりでも姿をあらわしたら、あるいは、姿をあらわしたらしい、という噂を耳にしただけでもですよ、すぐに武器の準備をなさい。
あの連中は昔から外敵に抵抗するブリトン人の精神的支柱でした。
(中略)
ドルイドは聖なる戦いを起こせと説いて回る。なにしろ連中は結果というものを全然意に介さないのだから。
こ...これは...。
連中だってわれわれを悪魔の友だちとばかりは考えていません。地方守備隊をやっつければ、お返しの大征伐がやってくることぐらいはわかっているのです。家や田畑が焼かれ、以前にまして協力な軍隊がやってくることもね。だがドルイドのひとりがかかわると話は別になってしまうのですよ。またたくまに火がつきます。蜂起することで得することがあるかどうか、なんて連中は考えなくなってしまう。考えることを全くやめてしまうんです。連中はやつらの神を信じない者の巣をいぶり出して、自分の信仰を守ろうとするのです。あとで何が起こるか考えやしません。なぜって連中はそうすることで戦士の道を通って太陽の沈む西の方へいく、と信じているんですからね。人びとがそんな状態になれば、もめごとが起こるのは目にみえていますよ。
こんなにも、国際的な紛争についての示唆に富んだ作品があるでしょうか。これは1954年に書かれた作品です。
何らかの宗教により軋轢が起き、紛争が起きたとき、それをわたしたちは理性で何とか受け止めようとします。説明をしようとします。
そして、説明できないことをばかにします。
「神の名のもとに戦争するなんてばかげている…」と。
しかし、なんとなく文化に溶け土に溶けた長年の考え方というものがあり、生死があり、それを見守ってきた我々の神仏があるわけです。
どこかで集団のヒステリー状態になり、それを導く何かの「精神的支柱」があるとき…。
それを守るために、狂ったようになる集団心理を、決して否定できないと思います。
このドルイドに関する記述、観察力、表現力が、すごいなと思いましたし、実際にこの「第九軍団のワシ」は、この「精神的支柱」「シンボル」の戦いの話なのでした。
このような忠告を受けながら、マーカスはブリトンの中のローマ軍の生活をしていくわけですが、相変わらず実に描写がすべて緻密です。
この緻密な描写が、戦いのシーンでも遺憾なく発揮されます。
カメの甲状の陣形を作るシーンがあります。
方円の陣や魚鱗の陣のようなものですが、劣勢をしいられるマーカスの軍は、これで活路を見出します。
ローマ軍のテストゥドという陣形のようです。(敵陣突破の陣形と書かれています)
この激しい戦いの中で、マーカスは一か八かの賭けに出て、戦車の御者を狙います。その御者の顔を見た時の衝撃…。
この戦車の車輪の下敷きになったマーカスは、致命的な傷を負ってしまいました。
軍人としての夢は断たれてしまいます。
あれほどの戦闘を潜り抜けたというのに。
マーカスは叔父さんの家に行き、傷を癒しながら新たな出会いをします。
この傷をマーカスが受け入れることが出来るようになるまでは、長い時間がかかりました。
裏表紙の説明はこうです。
ローマ軍団の百人体調マーカスは、ブリトン人との闘いで足を負傷し、軍人生命を絶たれる。マーカスは親友エスカとともに、行方不明になった父の軍団とその象徴である<ワシ>を求めて、危険に満ちた北の辺境へ旅に出る。
今まで説明してきた中で、まだエスカと出会ってもいません。
親友にもなっていません。
もくじは21あるのですが、出発したのは10です。
およそ半分が経過して、やっと冒険の旅が始まるのです。
どんだけ~!?
しかし、あまりにも描写がすばらしいので、戦闘に対しても、マーカスが傷や運命を受け入れられないことも、うまく動けない苦しみも、すべて痛いほどわかるし感じます。
この序盤あってこその、北の大地への冒険なのです。
さてこうして序盤の展開をかなり詳しく追ってきました。
こうして引用を交えてご紹介しているわけですが…。
本を読んで欲しいと思うにあたって、導入というのはとても大切です!
名作、大作には序盤が敷居が高く、難解なものが多いです。
読み始めて二行で後悔するか、ほおりだしたくなる感じです。
ここの我慢が出来るかどうか...。
する価値がある、という本であるかどうか...。
名作は書き出し、頭だしの一文が良いとよく言われますが、経験上全然そんなことありません。
幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。(岩波文庫 中村 融訳)
こんなのは、特別中の特別です。
有名な作品なのに序盤これかよ!?ということ、たくさんあります。
ちなみに「第九軍団のワシ」は、2ページ目の描写で好きになりました。
こんなに硬派でありながらも、風景描写には詩情が感じられて、読んでいてとても美しいです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
衰退したローマ帝国は、450年にわたるブリテン島支配に終止符をうつ。地方軍団の指揮官アクイラは、悩んだ末に軍を脱走し、故郷のブリテン島にとどまることを決意したが…。意志を貫いて生きることの厳しさ、美しさを描く。中学生以上。(「BOOK」データベースより)
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