大人が読む児童書「チポリーノの冒険」 5 読了 子どもからおとなまで
今日、ご紹介するのは児童書です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の一冊
ここは野菜とくだものたちの暮らす国。玉ねぎ一家の長男坊チポリーノが、無実の罪で牢屋に入れられてしまった父チポローネを救いだそうと大活躍。仲間たちと力をあわせて、国をおさめているわがままなレモン大公やトマト騎士とたたかいます。語りの名手ロダーリの書いた明るくゆかいな冒険物語を、歯切れのよい新訳で。
大人が読む児童書「チポリーノの冒険」 1 えらそうにするのはあほだから
大人が読む児童書「チポリーノの冒険」 2 最悪の敵トマト騎士
大人が読む児童書「チポリーノの冒険」 3 軍師さくらん坊やに一顧の礼
大人が読む児童書「チポリーノの冒険」 4 おとなとして耳が痛い
(余談ですみませんが、麒麟がくるのラストの予想は大はずれでした☆)
◇
最後に、わたしが「チポリーノのぼうけん」で個人的に好きなところを列挙してみます。
サクラン坊やがはじめてチポリーノと会ったとき
それまで、すべてに対して従順でいい子だった坊やです。でも、チポリーノに呼ばれたときに、「草をふみつけたら坊やを厳罰に処す!」と書いてあるポスターを無視して、
坊やは、断固として草のなかにはいると、両足にありったけの力をこめて草をふみつけながら、鉄の柵に近づきました。
というところが好きです。
いざという時の決断力、行動力、反骨精神を感じました。
◇
イチ子が、牢屋の鍵を手に入れるため、ねむり薬入りをトマト騎士に一服盛るところ
このねむり薬を入れたのは、「すばらしいチョコレートパイ」で、どうやらトマト騎士はパイが大好物のようです。
サクラン坊やとイチ子が助けに行くと、見張りたちがいるのですが、
イチ子は、指をしゃぶりました。こうすると、いつもよい知恵が浮かんでくるのです。指を一本しゃぶると、たちまちすてきな思い付きがうかんだではありませんか。
「苺🍓の指」って、いったいどんな味がするのか…。
子どもながらに、気になって仕方ありませんでした。
また、見張りの目をそらすために一芝居打つことにしたイチ子も好きでした。
(これは、指をしゃぶって思いついた作戦です)
このうそは、すばらしいききめをあらわしました。イチ子はすばらしい熱情をこめた声で、助けて!とさけんだので、植物までがイチ子を助けにゆこうとして、根っこからゆれ動いたほどです。
何だかんだで、イチ子が一番好きだったかもしれません。今でも、サクラン坊や×イチ子の二次創作を作れそうなぐらい好きです。
◇
トマト騎士のうた
もし、トップにいるのがあほたれのレモン大公じゃなくて、トマト騎士が天下を取っていたら、こうはいかなかったに違いない、と思っていました。
しかし、読み返してみると、トマト騎士は、根っからの高級官僚タイプのようです。
権力の矢面には立たずに、その影にかくれて権勢をふるい、悪政を敷いて実行するのは、ほぼすべてトマト騎士。
要は、悪政は最高権力者そのものから来ているというよりも、実務をつかさどりつつ不正をするという、悪徳事務方から発しています。
賄賂や談合によって密接に結びついているので、この地位が一番不正を犯しやすく、悪政の原因になるのだなと思いました。
もちろん、このような私腹を肥やす連中を放置している、トップのアホさにあることに変わりはありません。
粛清しようとしても、利権が複雑に根のようにからみあっているので、ひとりふたり切って終わりにするわけにいかないのです。
(また話がずれはじめた…)
前に、「チポリーノのうた」の一部をご紹介しましたが、
何とトマト騎士も、悪役にしてうたがちゃんとついています。
「わしの名前はトマト騎士…」からはじまる、そこそこ長い歌なのですが、これが実にトマト騎士の悪政をうまくあらわしています。
まいとしわしはテンサイや
チシャやあるいはインゲンや
キュウリなんどの店子から
高い家賃をとりたてる
うらなりカボチャのじいさんや
金持ちメロンのところでは
家賃のピンをちょっとはね
残りを夫人にもってゆく
北村順治さんの訳によるものですが、この歌の意味が完全にわかるようになったのはやはり、おとなになってからでした。
笑えないというか、身に沁みすぎるというか。
これはまさに、おこさんがいるいないに関わらず、読んでみてまったく損はない、社会への皮肉と風刺をこめた作品です。
あと、コテンパンにやっつけられるので気持ちいいです。
◇
エンドウ豆弁護士について
このエンドウ豆弁護士は、このお話の中でもトップクラスの複雑な人物です。
その複雑さをどう表現していいのかわからないほどです。
しかも、このお話のユーモラスな雰囲気を読まないままに説明してしまうと、割と陰惨な印象になってしまうので、説明するのも難しいです。
トマト騎士はとにかく、全編を通してほぼブレのない悪役なのですが、エンドウ豆弁護士は一時期、チポリーノたちの仲間になります。
それも、あのアホたれのレモン大公によって、「まちがいで逮捕され」、「なにも知らないから釈放できない」とかいう、わけのわからん理由で罪に問われます。
レモン大公はさけびました。「おまえが何もしらんというのに、おまえを釈放するのに、わしはどうしたらいいのかな?」
弁護士は、トマト騎士のほうへ哀願するようなまなざしをなげかけましたが、騎士は、鼻くそをほじるにいそがしいというふりをして、目はじっと天井をむいたきりでした。
エンドウ豆弁護士は、もうだめだと思いました。そして、こんなにみじめに主人たる騎士に見すてられたのをしると、ものすごい怒りをおぼえました。
レモン大公の言い分はほんとうに意味がわかりませんし、トマト騎士は鼻をほじっています。
なにより、トマトがほじる鼻とは。
エンドウ豆弁護士は怒りにかられ、何も言うまいと決心します。
しかし、エンドウ豆弁護士は、何とうらなりカボチャのおじいさん情報を握っていました…。
情報提供をきっぱり拒否し、絞首刑を言い渡されるエンドウ豆弁護士。
実際、ここで拒否して死を選んだ弁護士はなかなかカッコいいのです。
エンドウ豆弁護士の、死刑に対する恐怖と苦悩は、いくらエンドウ豆とは言っても、ちょっとそら恐ろしい思いがします。
そこになぜか逮捕されて放り込まれるトマト騎士!
アホたれのレモン大公は、情報を得られなかったことに腹を立て、気分でトマト騎士にも絞首刑を宣告したのです。
おなじ立場となったエンドウ豆弁護士とトマト騎士は、お互いを慰め合いますが、ここで気を許したエンドウマメ弁護士…。
秘密をトマト騎士にしゃべってしまいます!!
あっという間に裏切ったトマト騎士、すべてをレモン大公にちくって、エンドウ豆弁護士はそのまま死刑に…。という展開です。
トマト騎士は、わかっていたけどやっぱり最低です!!
死刑を何とか回避しようとして、時間延ばしをする弁護士の描写などもあり、助かったときにはほんとに胸をなでおろす思いです。
こうまでして、仲間に入った弁護士なのに…!
最後の最後での…まさかの、裏切り!!
これはもはやびっくりです。
松永久秀、小早川秀秋も真っ青の日和見的裏切り者です。
(どっちも厳密には日和見でも単純な裏切り者でもないので、あまりたとえにしたくないんですけど…)
一度絞首刑を逃れた弁護士は、二度めの恐怖には耐えられなかったのでしょう。
人間のどうしようもない複雑さ、一面では語れない部分を、完璧なまでに表現しています。
◇
チポリーノのぼうけんを読んでいると、井上ひさしさんの言葉を思い出します。
むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことをいっそうゆかいに
これがどれほど難しいことで、どれほどすばらしいものなのか。
チポリーノのぼうけんほど、現実の人間世界を、愛と皮肉をこめて子どもたちにおもしろく提供したお話はなかなかありません。
しかもストーリーが骨太、人物構成は複雑、なのにこれほどおもしろいのです!
ぜひ、今の子たちにも読んでみてもらいたいです。
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