~珠玉の児童書~

~珠玉の児童書の世界~

学校で塾で、読解力を身に付けるには本を読め、と言われる。ではいったい、どの本を読めばいいのか?日本が、世界が誇る珠玉の児童書の数々をご紹介。

図書館マイニング「エジプトの少年」 2 読了

今日、ご紹介するのは児童書です。

 

>力をこめた紹介記事☆超絶☆名作

>今日の一冊 軽くご紹介

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

今日の一冊

 

(古本)エジプトの少年
著者:マチエ  訳:福井 研介, 杉 勇

 

 

図書館マイニング「エジプトの少年」 1

 

 

様子が変わってきたのは、主人公セティが、学校から帰ってきて、露天市に遊びに行ったあたりからです。
露天市の賑わいや、学校の子どもたちとはちょっと違う、庶民の少年との交流があります。

 

このパートも特に何が起きるわけでもなく、淡々と楽しく読み進めていて、もう三分の二どころか、ラストスパートです。

 

露天市で仲良くなった子メス、その家庭環境が丁寧に描かれます。
庶民なので、わりとカツカツの生活です。主人公とは違います。

 

メスのおじいさんが、戦争に行ったときの様子を語ります。
ヒッタイトと戦い、腕を失った。
・土地をもらったが、腕を失ったので耕せない。
・人に貸した。
・そのまま横取りされ、だまし取られてしまった。
・でも、取り返せる手段がない…。

 

主人公の少年、セティは、学校で先生から、訴訟について習っています。
(これは実際に発掘されたパピルスの記録によるものです)

どうして、訴えないのか?
・裁判で訴えが通るのは、裁判官に賄賂を渡したものだけだ。
・もし、渡さずに訴訟すれば冷たい扱いを受けるだけ…。

 

この、世の中に当たり前にある不正を、セティは最初はうまく理解できません。
この世界は先生から習ったとおり、正しいものは正しく、間違っているものは間違っていると信じています。

 

そんな考えに、わずかな亀裂が入りました。

 

そして、メスと一緒に、川沿いで逃亡奴隷の子供を見つけます。
主人公は、持っていたなつめやしをあっという間に食べてしまっていましたが、メスや兄弟は残していたので食べさせてあげることができました。
あとでお腹がすいた時にどうしようか、という用心を主人公セティは知らないのです。

 

目の前の少年は、同じぐらいの年で、骨と皮ばかりに痩せています。
とても悪い子とは思われません。
息も絶え絶えに、訴えかけるように見ています。

 

逃亡奴隷と分かったのは後のことで、一体誰がこの同じ年ぐらいの少年に、こんなひどいことをしたのだろう、とセティが考えたあとのことでした。

 

それまで、セティは逃亡奴隷は悪で損失であり、捕まえなければならないものだ、と信じていました。

 

しかし、目の前で死にそうになっている少年を見て、価値観がすべてガラガラと崩れていきます。

 

このような場面が、この残り最後の5分の1たらずで、次々に展開されます。

 

これまでが淡々としていただけに、かなりの衝撃です。
まるで目の前の扉がぱっと開くように、それまでの日常が暗転しました。

 

安穏とした暮らしはごく一部でしかないこと、この世界に存在する暗部が主人公の目の前に開かれます。

 

貧しい人々の暮らし、奴隷の苦しみ、それは主人公の少年のごく近くに普通に、たくさん存在していました。
ただ、気付かなかっただけです。

 

そして、その暗部はあの、「権力者の子供」や、「その周囲にいて媚びるような態度を取り、分け前に預かろうとする人々」によって支えられています。

 

たまに思いますが、悪は権力者本人に存在するのではなく、その周囲にいて持ち上げ、媚びる人々にあるのではないでしょうか。
そんな人々も、自分の安全を考え、また自分の得になるからしているにすぎないでしょう。
人が寄り集まれば、集団は力となりますから、権力者もわかっていて黙認します。

 

このような構造、社会の不正や悪は、自分の利益しか考えないことから来ていましたし、それは少年のごくごく近くにあったのです。

 

優しい先生が慕い、師事している少年の年取った師に、少年は、質問を投げかけます。

「先生、だれもがくるしい思いをしなくなるためには、どうしたらいいでしょう?」

 

先生の答えはこうでした。

・今日知った他人の苦しみを忘れないこと
・勉強すること。
・知るようにつとめること。
・正しく生きるようつとめること。
・書くことが出来るなら、このことを書いてほかにつたえること。

 

おまえは、じぶんでも知ってるだろう。他のものによいことをおしえている人たちの名は、けっして忘れられないということを。
賢いことばはひすいの宝石よりもりっぱで、それは、穀物の粒をひいている女奴隷でさえもってるのだ。

 

なんだかずいぶん、淡々とした本だなあと思いながら読み進めていたけれど、この本を選んでわざわざ訳したのは、理由がないことではなかったのだなあ…。
この本を読んで欲しい、という強い気持ちがあってのことだろうと思います。

 

しかし、ラストまで読んでみなければわからなかったことでした。

 

本を読まないと言われる今の子どもたちが偶然にでも手に取ってこの本を読む確率は、限りなく低いかもしれません。

 

どちらかというと、この内容で漫画化した方が断然読んでもらえそうです。
 

装丁され、印刷し、出版までされた本の「ここだな!」という箇所がどこにあるか、どんな風に表現されているかは、まさしく本それぞれなのですが、この本にはそれが残り10ページにありました。

 

そして、それは淡々とした8割の描写あってのものでした。

 

こういう楽しみがあるから、図書館マイニングはやめられないです。
レア鉱石を掘り出した気分になれた一冊でした。

 

 

 

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