大人が読む児童書「みつばちマーヤの冒険」 5 死のねむりからさめる所が、いつも花のなかだとはかぎらない。
大人が読む児童書。
「再読★児童書編」です。
この記事はネタバレもしていくことになりますので、未読の方はご注意ください。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の一冊
ワルデマル・ボンゼルス原作の「みつばちマーヤの冒険」の完訳&新訳です。生まれたばかりのミツバチのマーヤは、最初に巣を飛び立つと、そのままこの美しい世界の冒険に出ます。そしていろいろな虫たちに出会い、さまざまな経験を重ねてゆきます。
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マーヤ、家を出る。
↓
葉っぱを垂らして、ひっくり返って困っている甲虫のクルトを助ける。
↓
マーヤ、くもの巣につかまり、クルトに助けてもらう
このあたりが、ごく一般的に知られている、みつばちマーヤの物語ではないでしょうか。
本屋で妹子、マーヤを発見!
目ざとく、さっと抜きました。
やっぱり、本屋さんのクルクル回る、「名作どうわ」の所は、目立っています。
しかし、妹子はすっかり腹を立ててしまいました。
とんぼがものすごい悪人づらだったからです。
まあ、あながち間違いではないような気もするのですが、この後に関わって来るシュヌックのことを考えると、ちょっと残念な改変ではあります。
当然、痴情のもつれもなかったことになってます。
でも、こういうので興味を持って、完訳を読んだときの衝撃というのもまたすごいと思うので、この「名作どうわ」は子供たちにはどしどし、読ませてもらいたいものです。
◇
さて、蜘蛛につかまったマーヤの所を読んでいる妹子ですが、恐くないか訪ねると、
妹子「ぜんぜんこわくない。助かりそうなフラグぷんぷんしてる。それよりちょうがこわい」
わたし「ちょう?」
妹子「まあ聞きなよ」
妹子が音読してくれました。
彼女の泣き声とさけび声は、高く、恐怖にみちて、静かな夏めいたあたりいったいにひびきました。そこらでは、日光が金緑色の薬にきらきら光り、昆虫が飛びかい、小鳥が空中に身をおどらせていました。すぐ近くでジャスミンが青い空の色のなかで、におっていました。そこへ飛んでいこうと思ったのでしたが、もうマーヤはおしまいでした。
青みがかった小さいちょうちょが、綱のようにちらちら光るいろの即点を羽につけて、マーヤのすぐそばを通りかかりました。
「おや、かわいそうに。」と、ちょうは、小さいマーヤの悲鳴を聞き、マーヤが、くものあみのなかで死にもの狂いでもがいているのを見ると、さけびました。「らくに死ねますようにいのりますよ。わたしは助けてあげることができません。わたしだって、いつか、ひょっとするとこんやにも、同じめに会うんです。でも、今はまだぼくは楽しいんです。さようなら。深い死のねむりのなかでも、お日さまを忘れないように。」
ちょうは、ひらひらと飛んでいきました。咲く花と、太陽と、生きる幸福とに、よいきっていました。
わたし「うーん、確かにこいつはひどい」
妹子「ね?ひどいでしょ?こいつ、はっきりいってとんぼより怖い。くびをかみちぎるよりこわいよ。『さようなら。深い死のねむりのなかでも、お日さまを忘れないように』だよ?何も言わない方がましだよ。こんな言葉、どこから出て来るの?こいつ誰なの、何者なの?」
妹子、少し考え込んでいて、それから叫びました。
妹子「さ…作者っ?じゃあ、このちょうの正体は…さくしゃ?えっこっわ!」
わたし「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
◇
蜘蛛の網から逃れた後には、かめ虫、ちょうちょ、木くい虫などなどと交流します。
どの虫からも、少しずつ人間の話を聞きだします。
人間の、さまざまな面が虫たちの視点から語られます。
虫であるマーヤが、「にんげん」にあこがれ、探し求めるという物語の形から、何となく、「このマーヤにあこがれられるような人間であらねばならないな」という気持ちになるという不思議な効果があります。
ときどき、マーヤは虫たちに失礼な態度を取られたり、脅されたりもしますが、そのたびにみつばち族の誇りが頭をもたげます。
そして、羽を震わせて澄んだ威嚇のうなり声をあげ、おしりの針を思い出させます。
この態度は、なかなか見習うべきものがあると思いました。
誰でも、いつでも、心にはマーヤのような針を持っておくべきなのだろうと考えます。
学校生活でも、社会生活でも、相手が反撃してくると思ってもいない相手に攻撃されたとき、しっかりと対峙して反撃することはとても大事です。
攻撃を常態化させてはなりません。
ごく初期の段階で、反撃を示すことが大事です。
関係性が出来上がってしまってから覆すのはなかなか大変なことですから…。
人間関係、やさしさと迎合だけでは、うまくいきません。
マーヤが落ち着いて羽を震わせ、目を光らせて「わたしはみつばちよ」と言うとき、かっこいいなあ!と思うのです。
◇
第十章「夜のふしぎ」
マーヤははじめて「夜」というものを目にします。
この、もとが美しいボンゼルスの文章を、これ以上なく美しく訳されている高橋健二さんですが、この筆が冴えわたるのが、マーヤが妖精に出会う場面です。
マーヤは妖精に導かれて、「もっとも美しい人間」を見ることになるわけですが、印象的なフレーズがたくさんでてきます。
死のねむりからさめる所が、いつも花のなかだとはかぎらない。
ふっと妖精が口にした言葉なのですが、こうして文脈の中から切り取って見せただけでもとても美しくて不思議な言葉です。
この十章を全部説明してしまうとつまらないので、そこはぜひ「みつばちマーヤ」を読んでもらうとして…。
おとなとして読んでいて、非常に示唆にとんで、すばらしいなという部分がありましたので、そっちをご紹介します。
十章冒頭で、マーヤの現状を説明する部分なのですが、ここでマーヤはもう、おとなのみつばちになりかかっていることがわかります。
何となく、記憶の中では、巣を飛び出してから冒険の果てに戻るまで、若い向こう見ずなみつばちであるままなのかと思っていましたが、けっこう長い間外で暮らしているのでした。
マーヤはまだ、巣に戻ろうとしません。
仲間と故郷に対する、戻りたいという望みは持っているのですが、そんなマーヤのことを、作者はこんな風に書いています。
また、(こうしてさまよっているマーヤは)秩序だった活動や有益なしごとや、なかまどうしのまどいに、あこがれる時もありました。しかししょせん、彼女は──小さいマーヤは、落ちつかない性質を持っていました。みつばちの団体にいたら、きっといつも快く感じるわけにはいかなかったでしょう。人間のあいだでもそうですが、どんな動物でも、ひとりひとりの性格がみんなの習慣になじめないということは、起りがちです。そういうものを、いけないときめてしまうまえに、慎重にし、真剣に検討しなければなりません。なぜなら、それは決して怠慢とかわがままとかにかぎってはおらず、そういうやむにまれない心のうらには、日常生活ではえられない、もっと高いもの、もっとよいものへの深いあこがれが、ひそんでいることが、たびたびあるからです。
「落ち着かない」「感じやすい」という特徴に対して、たくさんの名前をつけて、団体行動になじまないと悩むのはどこでも非常によくあることです。
特に同調圧力の強い場においては、本人も周囲も、とても苦しみます。
読み返すことがなかったら、この部分に注目することはなかったな、と思うと同時に、この部分は、明らかにおとなの読者、それも親たちに向けて書いているのではないでしょうか。
しかし、美しい経験をつんで幸福に暮らしていても、ひとりでいるのは、つらいものです。小さいマーヤは、経験をつめばつむほど、いっそう団体と愛情とにあこがれることが多くなりました。
マーヤは、幼いままのみつばちではありませんでした。
旅につれて、成長するにつれて、変化していく心と体を、この物語は見事に描き出しています。
◇
マーヤがまだ帰りたくなかったのは、人間というものの真髄を見届けたかったからでした。
ふしぎな夜の歌が、高らかに、遠くまでとどくようにひびく
ここから、クライマックスにかけて、最高にドラマチックな盛り上がりを見せてくれます。
すずめばちの登場です。
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みつばちマーヤの冒険 (小学館児童出版文化賞受賞作家シリーズ) 大型本 – 1996/4/16 ワルデマル ボンゼルス (著), 熊田 千佳慕 (著)
フランスのファーブル愛好家から"プチ・ファーブル"と親しまれている細密画家、熊田千佳慕氏が馬の毛3本の絵筆を駆使して5年、ついにあのワルデマル・ボンゼルスの名作"みつばちマーヤ"を美しい絵本として完成させました。
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みつばちマーヤのぼうけん (はじめての世界名作えほん) 単行本 – 2020/3/12 中脇 初枝 (監修), 本田 久作 岡部 順 宮川 治雄 (著)
好奇心旺盛なみつばちの女の子マーヤは、外の世界へ飛び出します。フンコロガシやチョウなど、さまざまな虫たちと出会って……。
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ジュニア版ファーブル昆虫記 全8巻セット (日本語) 単行本 - 2005/4/1 ジャン・アンリ・ファーブル (著), 奥本 大三郎 (著), 見山 博 (著)
大自然の調和と不思議を描いた永遠の名作を生き生きとした文章と豊富な図版で子どもから大人まで楽しめるシリーズです。
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完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 上 (日本語) 単行本 - 2005/11/25 ジャン=アンリ・ファーブル (著), 奥本 大三郎 (翻訳) 5つ星のうち4.8 13個の評価
読み継がれる昆虫の叙事詩、待望の完訳版!虫の詩人・ファーブルが著した昆虫自然科学の古典がファーブルの第一人者・奥本大三郎の解りやすい翻訳でよみがえる。詳細な脚注、訳注、細密な昆虫イラスト、美しい写真口絵が充実。
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